2004年07月31日

林檎三つ

かやうなものの徒然とは如何なるや。はて面妖なことなれども化け猫の仕業とは吾とても言ふまじ。
婦女子壮年にいたりても愛でること止まざるもの多ければ、日記を読みたき人こそこぞりて絶えね。


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2004年07月28日

訃報

惜しき人のまた一人世を去りけり。
中島らもさん死去(瞑想的生活)
氏が残せし小説は吾すべて読みき。「ガダラの豚」に血の沸くをおぼへ、短編、創作落語に抱腹して転倒す。
「永遠も半ばを過ぎて」は万人の心揺さぶるに足るものとぞ知る。“とはもなかば”嗚呼何と不思議にして美しき響きならむ。この一語にして余人の適ふところなきこと明らかなり。
らも氏が作中の人、類問はずしばしば純心にして多悩な者なれば、読むものをして救はしむることこそ多けれ。
合掌して天才の死を深く悼まん。
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2004年07月26日

厠騒動

理不尽な話なる。
しずやかに飛行したる間も厠に居座りては甚だ迷惑なことなれども、離陸、着陸、乱流の最中ならば為む方なく厠に逃げし者に何ぞ罪のあらん。座席をば埋め尽くさせたる売り場に元凶あるべきこと明らかなれば、先づその咎を問ふべし。

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2004年07月25日

遠足の行方

吾幼少の頃より現住の近辺に住まふ。家々人々の様変はりは当然のことなれど、公にて施され給ふ教育の変遷はまた一段とすさまじ。
常の日の事のみならず、行事のことなども変はりたること多し。一つ挙ぐるに当節小学に於ては遠足に登山無し。物騒なる世なれば師が目届かぬ地に子を行かるを憚りもやせむ。不審の者増えたるが故か、親教師の危惧過ぎたるが故か。情けなき世と知るべし。
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2004年07月22日

謗る者など

更新怠ること久しければ訪れし方こそ日毎減りしか、変はらずして日参さるる方々には衷心にて御詫び申し上げん。
時に余所の文録具より跳来せし人もあるらし。輪区の文を覗くに推す者あれば謗る者もまたあり。我がこと馬鹿と呼ぶ者ありて甚だ愉快なり。電網の筆者多くは源氏名にあれば、氏素性、顔は知らず。知らぬものに怒るは難し。却つて読者の増すが幸なり。
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2004年07月13日

単題二首

ナベツネVsライブドアに狂歌を詠む。

吉野より消えて久しき牛の群れ 名護屋で啼かん如何如何如何(どなどなどな)と

名にし負はばいざ人救はなむ命の戸(らいぶどあ) なべてつねなる旧弊に向き
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2004年06月23日

絶妙の技

手妻のたぐひ如何な不思議と言へども種あること明らかなれば、ありうべからざることは捨て、ありうべきことはありとして理を詰まばおほかたの種の見当はつきやすきものなり。
なれども世は広くして日毎進み足るものなれば、かやうな如き名人も稀にぞ現われける。
ちょこっとサイエンスブログ 奇跡のマジシャン セロ
我拝見せしところにては、手札の一枚船中より窓をすり抜け海中の側に移りたる術が一番の不思議なり。我が貧しき頭にては如何な理を立てうることもなし。

思い起こせるにひところ流行りし超能力者の見世物こそあさましけれ。隣の大国にありては国家の業として喧伝せしことあり。本朝の民や、ゆめゆめこれに乗せらるる恥はかくまじ。
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2004年06月18日

手練の地図

“簡単な地図”に気をつけろ
簡易の地図時に危うきを招くべし。縮尺足らぬもの、うる覚へにて手書きのものに戸惑ひて迷ふこと我しげし。なれどこれにちなみて思ひ起こせるはその逆の話なり。
ありし日のこと我友と二人京の町を行きて迷ひ、一軒の自転車屋に入りてめざしたる所の道を問へり。主その名を聞くや奥に入り黙々紙に記すこと五六分。待つの長きに飽きつ見るに主出でて手書きの地図をぞ差し出せる。たうたう道を説きくことまた数分。いと詳らかなる説きやうに感嘆しまた時の迫るに焦るを隠しつつ、謝して店を後にす。片目にては地図を睨み片目にては道々の景を眺め速足にて進むに、その地図の細に至りて確かなることに共々驚嘆せり。方位は定かなること言ふに及ばず、三間に足らぬ道の曲がりも描き入れて忘るることなし。
かの如き仕事にて作られし乗り物にあらば堅牢なること疑ひなし。未だ世に良き職人の知られずして多かるべし。
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2004年06月05日

鉄扇

刀剣、槍、弓はもののふの嗜むに正しき業にありせば当今の世にも習ひたるもの多し。
比べて鉄扇などは古物の博覧にて我は一度目にせしことのあるのみ。その後は藤沢周平翁の文中にて名人の技をもてば殺傷も可なることを知れども、いささか暗器の類ひに似たる思ひは脱ぐことなし。
えいはんストア:バシッと一撃
現に買ふべき頁ありとは初耳にして面白し。売り文句にては己の身を守るに持ち歩くが良しとあれど、これを真に受くはやや危うきを覚えん。
一つに凡人、周平翁語る侍の如き名手にあらざれば如何にも扱ひ難く、危急の場にては役に立たざること明らかなり。ひところ親爺狩りなる狼藉巷に流行りて、特殊警防なるものも売り買はれり。これ鉄扇と等しき大きさにて懐に忍ぶべきものなれど、一振りにて数尺の長さに伸びうれば、間合ひそのままにて一打必倒もありうべし。鉄扇は伸びず、僅か雅に開く限りで功なし。
二つには正当なる護身とは言へど、まこと大傷の一つも負はさば、法の裁きにてやや厳しき扱ひを受くることありと聞くが故なり。
戦ふに軽き、仰ぐに重きは、夏炉冬扇、いな夏炉鉄扇ともいふべし。

なほ鉄扇を用ひての型はここに見つけたり。


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2004年06月04日

怪異語り

我療治を生業とするもこの術のみは患家に致すまじと心に決めたることあり。人家を訪ねては怪しげにして高価なる物売り歩く商いの技にして、恐怖とーくと揶揄さるるものなり。
曰く「水道の水、あるままに飲み下せば何れの日にか病の発せん。これが機械にてろ過出ださば長寿を得ん」
曰く「当節の食物は害多くして益少なし。この粒を飲みたまへ」
水道の水、益少なき食物にて損ぜんとするは何れの日か、何れの病か定かならず。未だ来たらざることなれば、そもそも有りと無しとさへ言ひ難きことなれど、既に悩みたる弱り目に突かれてあたかも命運決まりたるかの如く宣を受かば、大枚を投じてこれに賭すことも止む無し。これ医者の真似事にあらず、神の真似と知るべし。
民貧しき折は今日今月を食ふて生きることにて心を労するのみ。真の不況の世には流行らぬ商ともおぼしきが、昨今もあちらこちらにて被るものぞ聞きたる。いまだ財のみは豊かな国と言ふべきか。
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