2004年10月30日

火事場泥棒

いにしへの世にも天災騒乱に乗じては盗人を働ける者あり。火事場泥棒なるは古今東西にいづるものなれど、先頃の大風地震に義援を騙りて詐取せし者は、人の風上は当然にして風下だに置くべからざると思ゆ。



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2004年10月10日

聖書外典

新約の聖書に外典の在しこと知らぬ者多し。これ切支丹の業によるものなり。トマスの福音書 パウロの黙示録など悉く偽書として捨て置かるるに、巷間人目に触れぬこと久し。証するは「しんやくせいしょがいてん」を変換せども現われず。「新約聖書が移転」とは何の意味ぞや。
吾たまたま四五年の前市中の図書館にてこれを借りて読みしところ、興味深き内容ありて一時購入せんと思ひしか、厚みより存外に値の張るに買ひ渋りたり。なれど本日電網にて検索するに嬉しき値に下がりたる。近々に買ひ求めん。
新約聖書外典
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2004年09月20日

天動説

当今小学生四割りの者天動説を信ずるといふ。
アインシュタインの説に故なるかや。
されども地球は周りをり。
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2004年09月08日

算学難問 壱 解答編

まづ以下の如く考へられたし。
旅人初志貫徹して宝物当てたるは、はなより宝物当てし時のみと知る。これ当然の理にして、当たるは三つに一つの確率となるべし。
故に後の問ひにて心変へずして宝物を得る率は三分の一、心変はれば三分の二の率と相成らん。
騙りの如くも聞こゆるは無理なし。ほか良き説きやうのあらば又記さん。
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2004年09月07日

地揺れの日に奇験ありしこと

日曜は昼下がり神戸にて開かれたる蘭画展を見に参らんと、沓入れの扉を開けし折、ガタンと音の聞こえて傾き倒れんとす。
先住の人より譲り受たる沓入れの大箱、右脚生えども左は上がり框にちよこり掛けるのみなれば、再三の開け閉めにて日毎ずれしことを知れり。
一尺半の油絵、沓入れ天板に置きたるが危うく落ちんとするを、片手に油絵支え持ち、一方が片手にて箱をば框に深く乗せ置きて事なきを得ん。
蘭画を楽しみ帰宅の後、戌の刻俄かに地揺れ起きて長々と続くこと生きたる心地もなくその止むを待つばかりなり。子の刻再び地揺れてひととき恐れ一倍になれども、覚えず倒るるもの一つと数ふることなく思ひ鎮む。
思ひ為すに沓入れが上の油絵作者うからにて故人なれば、昼間の小事まさしく御霊の業とぞ知るべし。
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2004年08月30日

算学難問 壱の弐(補足)

先の文にてはわかりにくき所あれば、ここに記し直す。

「姫莞爾として中の葛篭を開けば…」の中とは右端の葛篭の中にあらず。はなより右中左と三つ並びたる内の「中の葛篭」なり。
姫の心、初めより中身を知れば旅人葛篭を示ししのち、一つの魔物をば明らかにして再度二つに一つを問ふものと決めたり。

大方の人二分の一として疑ふことなし。吾もまた多分にもれず。
米国にては理系博士の間にても討論招きし問ひなれば、吾ら巷間の者解き得ずとて嘆くにあたはず。
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2004年08月29日

算学難問 壱

解かむとしても大方のもの誤り易くいと難しき問ひあり。
もと米国にて騒がれし謎解きなれど、ここに本朝らしく改めたる。

旅人の前に物の怪の姫現る。三つの葛篭(つづら)置きて言問ふ。
「吾ここな葛篭の一つに宝物を入れたるが、残りの二つは魔物ぞ閉じ込めたる。そなた一つを選ぶべし。宝物ならばそなたに与へん。魔物ならばそなたの身を吾に与ふべし」
若者心決めて右端の葛篭を指し示しき。姫莞爾として中の葛篭を開けば、魔物出でて姫の肩に止まりけり。姫また曰く。
「これにて残りし葛篭は二つなり。そなた今心変はりあらば左を開くるも良し。これが最後なればいづれか疾く開かん。」
さてはいよいよ問ふものぞ。これらが定めに従わば、右左いづれの葛篭を開くが得なるや、確率として答を求めん。

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2004年08月19日

加茂勢山 続き

昨日は加茂勢を加茂瀬と誤りて記しき。
加茂勢山といふはなかなかに良き名なれど、市中の人には耳馴染みなし。おほかたはポンポン山と呼ぶが常なり。巷間のみならず地図にも斯くと記すものなれば、本名をば知りうる人の少なきは当然ならむ。
山頂にて足踏み鳴らさばポンポンと鳴るが由来なれど、知らぬ者聞かば一笑にふさん。なれどこれ真のことにして吾幼少より不思議にこそ思ひしか、件が先達の話を聞きて納得せり。先頃審らかに調べしことに空洞の隠れたることありといふ。
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2004年08月18日

加茂勢山

これにて記すが如く当節童の遠足は近足ともいふべきものとなりて近隣が山さへ向かふことなし。かかれば吾先日は子と共に山に向かひき。その丈二千尺余の低山なれど行帰り四里に届く道なれば子ら初めてのことなり。
バス停より道々歩き初めて早々吾悔ひしことあり。延々舗装続きて車の往来繁しこと想外にして辛し。数年前より霊園建造されれば寺前の山道一里足らず悉く埋め固めしとのこと、後に人より聞かん。
されども山中の寺にて昼餐を摂るに再び元気戻したる折、如何にも歩き慣れたる風の人ありて物尋ぬるに、快く同行し給ふ。
これが人の親切もありて子ら二人無事にぞ踏破せれ。山歩く人の心往々にして善し。学びしことの多きに気付きあらば幸ひなり。
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2004年08月01日

株にて財を成す人

エコノミストと呼ばれて名のある者の一人、テレビに出て曰く。易く財を得んとして株に投じ、しくじるもの後を絶たず。これ当然の因果なりと。己の生業にて功を為すもの必ずあまたの人と関りあり。世の浮き沈み耳に届きしこと自然多かるべし。常の勤に勝たずして株に勝つ人のあらじ。財為したしと思はば己の器をば広げるに如くは無し、と。
窮したるもの危うきを渡り自らいよいよ貧ならしむること多し。なれども生業にて財余り足れば敢へて株に投じる要なし。株にて大いに勝つ人とはまこと如何なる性の持ち主なるや、貧者なれば吾の知るところにあらず。
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