果物の一つとながらいささかの酸味有さず、ただひたすらに甘きは小児の好むところなれば、吾また多分にもれず、幼少の頃、市にてせがむこと多かりき。
或る日、常に増して欲せるを見て母親ののたまふに、「日に二本までにすべし。これより多く食さば死に至らん」と。なほ聞くに、母が青少のみぎり、村の若者バナナを食ひ過ぎし翌日、昇天したる事実のありとは、数へ六つに足らぬ童の耳に死の一文字の重きこと限りなし、何んぞ誓ひを守らざらんや。
吾も十五の歳になり、おのれの分別先立ちて、目上の言に疑ひこそ抱けれ何故盲信の愚を犯さんと意気込むが相応、あちこちと噛み付く日の多けれど、実芭蕉のみは二本を越えて噛むに及ばず。まかり間違ひても死ぬることなぞあらじと頭にしかと言いつけども、敢へて食ふに決して至らぬはまこと不思議なと、自ら余人に告げては笑ひの種に捨つること数度ありき。
バナナにて頓死とは真か嘘かこと知れず。真にあらば、これ薄幸の病人、忌の際に末期の希をかなへし翌日のことなりけむ。また思ふに当時にありては高値の果物、欲どほしきは危うきのもとと、やつかみの噂ついで人々垂れし教訓の耳に入りしが、戦後遠くになりにける吾が脳髄にもしみ入りたるか。
吾いま四十に届けば、バナナの数に惑ふことなし。ただ食ふに体の受け付けぬことこそ寂しけれ。
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