2006年06月13日

実芭蕉

実芭蕉とは稀代の俳人とは縁もゆかりも無きものにありて、世にいうバナナのことなり。

果物の一つとながらいささかの酸味有さず、ただひたすらに甘きは小児の好むところなれば、吾また多分にもれず、幼少の頃、市にてせがむこと多かりき。

或る日、常に増して欲せるを見て母親ののたまふに、「日に二本までにすべし。これより多く食さば死に至らん」と。なほ聞くに、母が青少のみぎり、村の若者バナナを食ひ過ぎし翌日、昇天したる事実のありとは、数へ六つに足らぬ童の耳に死の一文字の重きこと限りなし、何んぞ誓ひを守らざらんや。

吾も十五の歳になり、おのれの分別先立ちて、目上の言に疑ひこそ抱けれ何故盲信の愚を犯さんと意気込むが相応、あちこちと噛み付く日の多けれど、実芭蕉のみは二本を越えて噛むに及ばず。まかり間違ひても死ぬることなぞあらじと頭にしかと言いつけども、敢へて食ふに決して至らぬはまこと不思議なと、自ら余人に告げては笑ひの種に捨つること数度ありき。

バナナにて頓死とは真か嘘かこと知れず。真にあらば、これ薄幸の病人、忌の際に末期の希をかなへし翌日のことなりけむ。また思ふに当時にありては高値の果物、欲どほしきは危うきのもとと、やつかみの噂ついで人々垂れし教訓の耳に入りしが、戦後遠くになりにける吾が脳髄にもしみ入りたるか。

吾いま四十に届けば、バナナの数に惑ふことなし。ただ食ふに体の受け付けぬことこそ寂しけれ。


posted by いにしへびと at 22:40| Comment(1) | TrackBack(0) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
記事とは関係なくて申し訳ないのですが、文語に関することなので紹介いたします。いまこちら(http://meta.wikimedia.org/wiki/Requests_for_new_languages/Ancient)において、文語体のウィキペディアを作成しようという提案がされ、議論がされております。賛成が多ければ早くに成立すると思いますので、もし興味がありましたら、リンク先でSupportとお書きくだされば、助かります。手順は次の通りです。

1、まず画面の右上にある「Log in/create account」というところをクリックし、メタウィキのアカウントを取得します。
2、ログインした状態で下の方にある「Classical Japanese」という項目を編集し、Supportと書き込みます。その際かならず末尾に署名してください。--~~~~と入力すれば署名されます。

長々と申し訳ありません。
Posted by 榎の僧正 at 2006年11月27日 08:59
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